qualiadiversity’s diary

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クオリアに魅せられて

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〇脳と創造性 「この私」というクオリア

 社名でもある「クオリア」という言葉に出会ったのは、ほんの偶然。

大脳生理学者の池谷祐二さんの「進化しすぎた脳」で出会い、その美しい響きと内容にびびっと何かを感じてしまった。その後、茂木健一郎さんのHP「クオリア・マニュフェスト」を見つけ、「感性のルネッサンスの時代」という一文にまたまたしびれてしまった。
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現代は、感性の時代だと言われる。一昔前は、その時代に一番頭の良い知識人が誰であるか、その人が何を考えているかを世間がしきりに気にしていた。今は、知識人よりも、鋭い感性を持っている表現者の方が、時代のヒーローになる。もちろん、知性などいらないというわけではない。知性もまた感性の一つであるということを私たちが認識し始めたのである。  私の専門の脳科学では、人間が心の中で感じる様々な質感のことを、クオリアと呼ぶ。私たちの体験する世界は、抜けるような青空や、ヴァイオリンの音色や、メロンの味といったユニークで鮮烈なクオリアに満ちている。およそ意識の中であるものとして把握されるものは、全てクオリアであるとされる。感性の鋭い人とは、すなわち、クオリアに対する気づきの深い人である。  クオリアは、一般に数字で表すことはできない。そのこともあって、数量化できるものだけを研究の対象としてきた近代の科学主義の伝統の中で、クオリアの問題は無視されてきた。近年、脳科学の発達に伴い、クオリアを生み出す脳内機構が次第にわかってきた。その中で、数字で表せないクオリアを研究の対象とすることで、科学自体のあり方が変わると多くの人が期待するようになってきた。  今日、クオリアは私たちの世界観の中に中心課題として浮上し、感性のルネッサンスの時代の訪れを告げている。
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この言葉を社名にする時は、相当悩んだ。なんせ調べれば調べるほど難解で深みにはまっていく。永久に答えのない宿題を抱えてしまうようなものだから。けれど、だからこそあえて社名にしてしまったのだ。人の心が感じる感覚、主観的に体験される質。追い求めても手に入らないものを一生かけて探し続ける旅。それがクオリア