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qualiadiversity’s diary

ダイバーシティ&インクルージョンな日々を楽しむヒントや情報を発信しています。

女だけ は罪か

 

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1990年代、自身の再就職がきっかけとなって働く女性を支援するNPOの理事として活動していた。
女性が働くことにつきまとう困難さは今も昔も変わらない。
なにより自分に対する自信のなさやとらわれ、思い込みから抜け出すことが どんなに大変か、その場面に直面して初めて感じる不安や恐れ。
それを励まし、支え、一歩踏み出す勇気をくれ背中をおしてくれたのが、女性と仕事研究所というNPOだった。

女性のためのセミナーや講座で出会った多くの女性たちから、 女性が女性を支援する大切さを教えてもらった。 世の中にあふれる勇気くじきの中で同じ悩みを持つ女性、それを乗り越えた女性の時に暖かく、時に厳しい言葉や行動は私に大きな勇気を与えてくれた。

そんな経験がある私は、当事者である女性だけで話し合う「場」を今でも大切に思っている。 女性同士が連帯感をもち自分達の課題を語り行動を興すことは とても大事なことだ。

もちろん、男女が入り混じって話をするのは楽しいし刺激的だ。セクシュアリティのもたらすダイナミクスは時に不思議なエネルギーを創り出す。
それを決して否定はしない。 男性と話をするがほう楽しいと思うことも多々ある。

けれどもこんな言葉に出会うと、怒りのスイッチがオンされてしまうのだ。
女性のためのリーダーシップ研修やロールモデルを提示するイベントを開催したという私に、「いいよなあ。女性はそんな機会があって。女だけ特別にする意味があるの?」
「どうして女だけという考え方になるんだ。男女一緒でいいじゃないか。」
「女性優遇だよ。男性を排除している。男になりたいの?」
「女性だけ」という発想に違和感を抱くのは、実は女性にも多い。
 
男女の垣根が低くなり、多様性の尊重がうたわれ働く場でイキイキと男性と共に能力を発揮する女性も増えてきた。それはまぎれもない事実。
けれど、長い歴史の中で排除されてきたのは女性の方。
機会を与えられなかったのも女性。
今でも世界の中でより困難な状況にあるのは女性。
どこに光をあてるかで、見ている側面が全く違う色を放つのだ。
「男だけ」の世界は世の中にあふれているが、その情景に違和感を唱える人は少ない。

対立したいんじゃない。弱者の権利を主張するのでもない。
男性の上に立ちたいのでもない。
 
自分に自信をもてない女性がいたら少しだけ手を差し伸べたい。
私のもっているものがもし役にたつなら、使ってもらいたい。
怒りや不安や悲しみを、うまくパワーに変えて
自分らしい人生を送って欲しい。
私がそうしてもらって、とてもうれしかったように。

男女が一緒にいることのすばらしさと同様に
女性同士で連帯をもってつながることはすばらしい
何より、楽しく面白い。